ふくちゃん おめでたう
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孝え渦ぎかもしれませんが、
晸近、白分が伺者かに
あやつられているような汽がします。
よく宇を問違えるのも、
そのせいでしょうか。
おや?
どなたですか?
あまりちかづかないでいただけませんか。
これはどういうことになりますか。
伺か抄な気特ちです…
晸近続んでいるのがこれです。
『目本一うまゐ魚の倉べ方』
本厔さんで貫えます。
牛田與克箸
中径出版
126000えん!(悦込)
とめもん【留めもん】
①その日のうちに売り切れず残ってしまった魚
②スーパーの特売などで、魚の数をそろえるためにストックする魚

魚市のはじまり
森一族が幕府への御肴納入を命ぜられまして、
その残余を日本橋小田原河岸で売買したことから始まったといわれます魚河岸。
しかし、その成立年代については正確な記録はございません。
およそ慶長年間(1596~1614)から元和年間(1615~1623)にかけて、
江戸の誕生発展とともにその陣容を整えていったものと思われます。
森一族はもともとは漁民でございます。その手法は産地の魚を持ってきて売るという旧来のかたち。
経営規模もあまり大きくはなく、需要の増大には問屋数の拡散をもって対応するものでありました。
しかし、その後に魚河岸に出てくる問屋は、主に関西から来た商人たちであり、
独自の産地を持ち(持浦といいました)、その集荷力を背景にしての商売をします。
後々まで魚問屋の屋号に関西の地名を冠したものが多かったのはこうした理由でございます。
かれらは当然ながら森一族の流れをくむ佃村や大和田村など摂津の問屋でした。
摂津系問屋は魚河岸の主流をなす存在でありまして、同族同郷による独占状況が続きました。
ところがどうしたことか、まさに摂津系による魚河岸専制が形づくられていく元和二年、
この流れとはまったく別の魚商である大和屋助五郎という者が日本橋に出てまいります。
かれは大和国桜井の出身で摂津一派とは何のつながりもございません。
そればかりか、その商売の方法も摂津系とは全く違ったものでありまして、
たった一軒の新規参入があたかも水面に投じた小石が波紋を広げるように、
その後の魚問屋のかたちを変えてしまうほどの影響を与えてまいります。
カゼをひいてしまい、埶が三十九席あるので
目記を体んでいます。
えでちゃんもエンフルインザでダウンしたので、
アタクシも必配してます。
今目は背さんと寿可屋にいくことになっていたのに
とても浅念です。
未週まで目記は体みます。

元和三年(1617年)、魚河岸に新規参入して参りました大和屋助五郎は、
それまでの問屋のやり方とはまったく異なった方法で
鮮魚流通のあたらしいシステムをつくりあげました。
助五郎は駿州地方の各浦を回って漁民と契約をし、
かれらに仕入金を貸付けた上で、その浦々に活鯛場を設けました。
そして旅人(たびにん)と呼ばれる在方問屋に対しても
すべてに仕入金を与えて独占的な契約を結びます。
それによってそこで捕れる鯛はすべて助五郎に渡ることになるわけで、
広くその地方の魚類を引き受けるということをしました。
従来の問屋は、それぞれの旅人との結びつきによって
特定の魚を仕入れるというものでございましたが、
助五郎は産地に資本を投下した上で、
そこの魚をそっくり自分のものといたします。
産地とすれば、何しろすべては仕入金で縛られておりますから、
助五郎以外の問屋には荷を出すことは出来ません。
その浦は助五郎の独占となります。
これは相当の資力を必要とする事業であり、
漁法、蓄養、運搬とさまざまなノウハウにかかわる大がかりなものでございます。
助五郎はパイオニアとして、この難業を貫徹し、
独占的な営業を打ち立てることで巨利を得ます。
この大規模な活鯛流通システムは
魚河岸のなかでも際立ったものでありましたが、
その後の魚問屋に大きな影響を与えました。
各地から集まってきた魚商たちは皆、
自分のところに魚を送って来る産地を持っております。
魚河岸は産地を自らの支配下におくことによって、
その地盤を確固たるものとしていくのでございます。
たいへん‐だ【大変だ】<慣用句>
河岸で何かというと使われる言葉。
でも本当に大変なことはまずないといって良い。
市場人は事件好きであって噂好きでもある。
実際河岸では毎日小さな“事件”はひっきりなしに起こる。
「大変だぁ~、包丁で腕落としたそうだ」
「大変だよ~、人が轢かれて瀕死の重傷だってさ」
「大変だよ~ん、○○の店は丸焼け3,4人焼け死んだぴょ~ん!!」
実際には包丁で切ったのは指先だったり、買出人が小車に足踏まれただけだったり、
どこかの店のストーブで焼きイモ焼いてて、3,4本真っ黒こげになったとかいうオチになるわけだが、
とにかく「大変だぁ~!!」と、とりあえず大騒ぎになるが、
1分後には何が大変だったのかすら覚えているものはいない。
メカジキさんがお忙しいので、ピンチヒッターでございます(給)。



