築地魚河岸昔がたり(15)大岡越前魚河岸裁き(前編)

享保十二年(1727年)四月十二日の朝でございます。
日本橋魚河岸は本船町麻店前でちょっとした騒動が起きました。
かねてより店先を借りている魚市場仲買人と麻店家主との間でトラブルが絶えなかったのが、この日の朝に激しい口論となり、ついに刃傷沙汰にまでおよんでしまったのです。
「なに言いやがる、このべらぼうめ。こちとら、鮮魚の目ン玉見ながら商売してんだ。魚がもういいと言わねえうちから店じめえしろたあ、どういうわけだい!」
「ぞんざいな口を聞くじゃないか。お前さん方には朝六ツまでという約束で店先を貸しているんだ。それも不都合があれば何時でもお返ししますという一筆も入っている。文句があるなら出ていって貰おうじゃないか、ええ。こちらは閑漁期で商売も忙しいんだ。さ、出ていってもらおうか」
「何だと、このきんかくしの因業大家め。閑古鳥鳴いてる手前ンとこの店先を使ってやってるだけ有りがたいと思え。でえいち、ここは天下の大道だ。生き馬が目ン玉抜かれても三町歩かねえことにゃ気がつかねえ魚河岸のど真ん中だ。うろうろしてるてえと、向う脛かっぱらうぞ」
「ひ、ひどい事を。おい、みんな出といで。さあ早く、仕事はいいから、出てきてこいつをどうかしておくれ。たかが“あかとり”の魚屋風情になめた口聞かれるじゃないよ」
このやりとりに、麻店からバラバラッと若い衆が出てまいりして、仲買人を取り囲みます。
一方、仲買人の仲間達もバラバラとやってまいりますと、麻店前では敵味方に十数人に連中がくんずほぐれずの喧嘩をはじめます。
といっても、もとより本気の喧嘩ではございません。
普段から仲の良くない連中が鬱憤晴らしに始めた軽いいざこざだったのですが、その時仲買の持っていた手カギがひょいと麻店若い衆の足をえぐったから大変。
ざっくりと切れた膝がしらから血が吹き出してきたから、すわっ刀傷事件だと、店主は奉行所に訴願いたします。
ここでいう麻店は、本船町に先に住みついた船具商のことで、後に魚問屋らが、この地域の河岸地という好条件を得たくて、徐々に進出してきて、今では本船町の多くは魚問屋に占拠されるかたちとなりました。
魚問屋は当初地借りや店借りというかたちで、空き家などに正規に入り込んだのですが、いつのまにか夜明け前に麻店前の公道に板舟を置いて商売をするようになっていました。
天下の公道で刀傷事件とはおだやかではございません。
さっそく南町奉行所で裁判と相成ります。
これにあたったのが、かの有名な大岡越前守忠相でございます。