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築地魚河岸昔がたり(28)黒船来航

嘉永六年(1853)六月、ペリーひきいるアメリカの軍艦四隻が浦賀に来航。
武力をかさに開国を求めてまいりました。
十二代将軍の家慶は、突然の報にびっくりして熱を出して寝込み、
十六日目に死んでしまったのですから、これは大変です。
 
 
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     太変ですか

 
 
「異国船がもしも内海に入ってきた時には
定火消役が半鐘を打ち鳴らし、市中に知らせるように」
 
などとお上が町触れを出したので、江戸の町は上を下への大騒ぎとなりました。
これは戦争がはじまるかもしれない、とうろたえる者や途方に暮れる者、
なかには商売を休み、家財をまとめて疎開を始める者もでてまいります。
一方、武具や馬具がいつもの十倍もの値で売れるため、
道具屋のなかには密かに「黒船大明神」とあがめる者もいる始末で、
いやもう江戸全体が騒然となったのでございますな。
 
そんな折、町奉行所から魚河岸にとんでもないお達しがまいります。
 
「浦賀に物見の舟を出し、日々、異国船の動向を探り御番所へ注進せよ」
 
魚河岸側はこれをふたつ返事で引き受けました。
そこには、これを機にお上に点数を稼いで自分達の権益を守りたい、
前回申し上げたように、他市場とせめぎあっている最中でしたから、
まあここで点数を稼ごうという腹もあったのでございましょう。
でも、何よりも血気盛んで物見高い魚河岸の連中ですから、
江戸市中の混乱を見過ごせないという気持ちが強かったのでございます。
 
ツワモノで鳴らした鮪問屋の万公などは、鮪包丁をふりかざし、
 
「もしも捕まった時にァ、おれっちは魚屋だ、魚河岸のモンだ、
と言ったところで相手は異人じゃ分かるめえ。
そん時ァ首と胴体が別れる仕事だ」
 
などと叫んだものですから、みんないきり立ち、
「唐人どもを切り倒せ」「江戸っ子の気前を見せろ」と無闇な気勢を上げるのでした。
 
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その翌朝、万公をはじめとする魚河岸でも特に血気にはやる七人の者、
ワイワイと押送船に乗り込むと八丁櫓の船足も速く江戸湊を抜け、
午後には浦賀にやってまいりました。
 
「何だい、ありゃ。」
 
一同初めてお目にかかる軍艦の威容さ、不気味さに息を飲みました。
黒々とした船体からニョッキリと覗く砲門が今にも火を噴くのではないかと
ビクビクしながら、周囲をグルグル回ります。
まあ、これでお役目も済んだ。まずは帰ろうではないかという時です。
万公がふんどし一丁でやおら立ち上がり、鞘入の鮪包丁を背中に
 
「おらァ、ちょいと唐人の顔を拝んでくるぜ」
と言ったと思うと、一同が「あっ」という間に海へと飛び込んでしまいました。
 
無鉄砲な万公はお得意の潜水術で軍艦の船底近くまで達すると、
ひょいと海面から顔を上げました。
その時、偶然にも軍艦の甲板に出ていた乗組員がおりまして、
かれがひょいと海面を見下ろすと、浪間から急に真っ黒い顔が出てまいりましたから、
大変だ、海坊主だ! と腰を抜かさんばかりに驚いたのでございます。
しかし、びっくりしたのは万公の方も同じで、
はじめて出会った真っ白い顔に慌てて、
 
「ありゃあ、お白粉を塗りたくった化け物だぜ。
おれァ危なく尻子玉を抜かれるところだった……」
 
と魚河岸に戻ってからも、うわ言のようにつぶやきながら床に伏せったということです。
 
数日後、ペリーは錨を上げて去って行きました。
しかし、翌年の正月には、今度は七隻の軍艦と共にしつこくやって来て、
やかましく言うので、幕府はご機嫌取りに吉原の遊女数名を差し出したといいます。