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J.B.ヘイウッド著『Tsukiji Fish Market』のこと(2)

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        J.Bの見た築地市場


  “ゼイムス平森氏死去。築地を愛した青い目の帰化人”

  ……“青い目の日本人”として、市場や地域の人たちから親しまれていた
  ゼイムス平森氏が先月29日、トラホームにより死去した。享年64歳。
  「私はニッポンが大好きだ。ツキジは世界一エキサイトな街である」
  はるばるアメリカのイリノイ州からやってきた氏がそう言って日本に帰化し
  たのは今から26年前のこと。中央区月島に住まいを求め、本名ヘイウッド
  を日本名「平森」とあらためて、まったくの日本人として生活をはじめた。
  新鮮な魚が大好物という氏は、毎朝築地市場へ出かけるのが日課だった。
  世界に名だたる築地市場と日本の文化が歪んだ形で海外に紹介されてい
  るのを嘆き、「世界のツキジ」の真の姿を伝えることをテーマに取材を続けた。
  その成果として、『Tsukiji Fish Market』(1979)をアメリカで上梓する。
  築地を見事に活写した同書が本国で評判を呼んだことで、その続編として、
  『Tsukiji Empire Strikes Back!』を準備中の矢先、惜しまれる死であった。
  告別式は3日、築地善林寺にて、地域の人や市場関係者によってしめやか
  に執り行われた……(『銀鱗』昭和59年2号)
 

 
 
J.Bはすでにこの世の人ではなかったのだ。
もう20年近く前に逝去しているのでは探しようがない。
それにしても、この『銀鱗』の記事によれば、
真の築地を伝えることを目的として、あの本を出版したそうだ。
いったい、ニンジャやダイミョウのいる築地のどこが“真”なのだろう。
J.Bのトラホーム(!?)に罹った目にそれが見えたのかもしれない。
あるいは単にウケ狙いか――アメリカではそこそこ売れたようだし。
どっちみち長いこと築地を取材した結果があの本だというのはいかがなものだろうか。
 
まあ、こんなことは取りに足らない小事として、すぐに忘れてしまうもんだが、
俺はまだ少し興味があったので、さらに調べてみた。
すると、ヘイウッド、という名には覚えがなくとも、
ガイジンの平森さんなら知ってるよ、という市場人に何人かお目にかかれた。
月島温泉で見たよお、とか、ああ、いつも活けもんのセリ場にいた人だね、とか
毎週食べに来てくれましたよ、コハダが好きでしたね、という某寿司店主とか。
誰もが口をそろえて、あいつはイイ奴だった。外人にしとくのはおしいよな、などと言う。
J.Bが築地を非常に気に入っていて、人びとにとけ込んでいたのは確かのようだ。
 
そんな噂をきいたうえで、あらためて本を読み返してみると、
なるほど、変テコな表現こそあれ、とても詳細な築地のガイドブックであることがわかる。
誰も描かなかった築地市場の生の姿を映している点で、
これはむしろ名著といえるかもしれない。
ニンジャやサムライなどは何かの暗喩で、とても重要なものごとを伝えているのでは、
などという考えすら浮かんでくる。
 
いずれにしろ、元外国人の目から見た昭和50年代の築地市場の描写は貴重だし、
このまま埋もれさせてしまうのは惜しいと思った。
そこで俺は、原書の訳文を今後何回かに分けてこのブログで紹介したいと考えている。
 
 
著者はすでにこの世には存在せず、出版元であるearnest-goldwin社も
ネットなどの手段を使っても、その存在が確かめられないため、
この『Tsukiji Fish Market』日本語版は正式なライセンスによるものではない。
あくまでも個人的興味の対象として、もしも第3者に不都合の生じるときは、
ただちに全文削除をもって対処するものとする。
 
また、素人が翻訳するために、訳文の稚拙さ、構成が必ずしも原著のままではない、
などは、どうかご容赦願いたい。