復刻版『築地市場ガイド』 (2)ツキジの登場人物

『Tsukiji Fish Market』J.B.Haywood著より
築地魚河岸は今から40年程前につくられ、
以来トーキョーの胃袋を満たすために休むことなく稼動して来た。
そのあちこちに老朽化の痕も見られるが、
ナラ・ホーリュー寺を模したという壮麗な伽藍建築が、
今なお、ここを訪ずれる者に敬虔な気持ちを想起させる。
とりわけ市場に隣接する波除神社に建立された数々の魚塚は、
ここが業者のみならず、魚たちにとっての聖地でもあることを示している。
「おう、あぶねへ! どいたぁ、どいたぁ!」
威勢の良いかけ声と共に走り回っているのはイッシンタスケである。
イッシンタスケは日本各地に点在する魚屋の総称で、その特徴は一様に気が短いことだ。
かれらは天秤棒という荷台を肩から提げ、物凄い勢いで人を突き飛ばしながらやって来る。
たとえ人がいなくても「おう、どいたぁ!」のかけ声を忘れない。
通り過ぎても「おっといけねへ、盤台忘れた!」などと言って戻ってくるので注意が必要だ。
マゲ・ヘアーにしているのはサムライとかリキシといった職種である。
サムライは大小のソードを腰にさしシュクンのためなら命を捨てることもいとわない。
名誉を重んじ、恥をかくとハラキリをして汚名をそそぐといわれるが、
近年あまり見られない光景となった。
リキシはニッポンを代表する国技の戦士だ。
「どすこい!」とかれらが張り手を打てば、かの重戦車カタパルトすら横転するだらう。
かれらはチャンコの材料を探しに市場にやって来るようだ。
ニッポン人に共通しているのは、
かれらが一様にミステリアスな微笑を浮かべていることだ。
この国を訪れる外国人は、微笑の意味を全く理解出来ずに嫌悪感さえ感ずる者もあるが、
かれらの心の底流にあるボサツ信仰を知らなければ、
その微笑の意味を理解することは不可能であろう。
かれらこそ慈愛の光を容貌にたたえた、実に慎み深い種族なのである。