コモノ<チュウケン<タイショー<メイジン<カミサマ
(復刻版『築地市場ガイド』第11回)

『Tsukiji Fish Market』J.B.Haywood著より
早朝のセリバに、ところせましと並んだマグロ。
光沢もまぶしく、巨体をゴロリと転がしているが、
これを一本一本見て回るのがナカオロシたちである。
かれらは、手カギをぶら下げ、鋭い視線でマグロを品定めする。
セリバで“コモノ”と呼ばれているのは、
この世界ではまだ駆け出しの、いわば吹けば飛ぶようなナカオロシである。
したがってセリバのなかでは小さい存在だ。
30センチくらいしかない。
しばしばマグロの下敷きになったり、長靴でうっかりと蹴とばされたりもするが、
この世界で経験を積むうちに“チュウケン”へと成長する(ナカオロシは出世魚か)。
ようやく人間並みの大きさになり、手カギを操る様子にもそれなりの風格が出てくる。
これらの“チュウケン”がセリバでは多数をしめるのだが、
かれらが一目置いているのが“タイショー”といわれるナカオロシだ。
ニッポンの軍隊における“大将”を意味するこの大立者は、
巨大マグロのような図体でセリバをのし歩き、容貌も人間というよりはマグロに近い。
その目利きはマグロの本質を見抜くといわれ、
「オレの指先はレントゲンだ。マグロのすべてが分かる。」と豪語するように、
マグロにちょっとふれるだけで、身質、脂の乗り、捕獲時のマグロの状況から、
漁師の性格やその家族構成までたちどころに分かってしまうという特殊能力を有している。
恐るべき目利き魂といえるが、しかし、達人のデパートといわれるセリバにおいては
これすら、まだほんの序の口なのである。
ここで“メイジン”が登場する。
ナカオロシの頂点に立つ“メイジン”が両脇にバントウとワカイシを従えて
セリバに登場すると、周囲の空気はガラリと変わる。
「メイジンだ」「メイジンが現れたぞう」
ザワザワザワ……
“メイジン”ともなると、マグロにふれたりはしない。セリバに入るなり
「おや、ここにマグロがあるねエ」、と一瞥を加えて終わり。
すると脇からバントウがすかさずワカイシにそのマグロを後でセリ落とすように指示する。
時々、分からなくなって
「おい、いまメイジンはどのマグロを見た? こいつか、それともこっちか?」
なんてことになるが、メイジンの目利きにはこれっぱかりのムダもないのだ。
時にはどうかすると 「おや、ここにマグロが……」と言ったとたんに、
バッタリと横になって添い寝をはじめ、マグロと同じ体温になっていたりする。
しかし、これまた上には上がいる。もっとスゴイのがいるのだ。
“カミサマ”と呼ばれ、ツキジでは伝説化しているナカオロシがおごそかに降臨してくる。
何しろ神なので、人智をこえた能力が備わっており、
後光射すその御姿がセリバに現れれば、すべてのナカオロシはその威光にうたれ、
その場で土下座せねばなりますまい。
“カミサマ”はセリバをスゥ~と歩くだけ。マグロを見ようともしない。
なぜなら、マグロの方から話しかけてくるからなのだ。
「カミサマ、どうかアタシを買ってくださいよ。ゼッタイに儲けさせますから」
マグロの方からセールストークをしてくるというのだ。
そうして“カミサマ”は、ぞろぞろとマグロをひきつれて
“ぱらいそ”への階段をおごそかに昇っていくのであった。