河岸の喧嘩支度

バカヤロウ! バカというオマエこそバカヤロウ!
魚河岸は今ではすっかりおとなしくなりましたが、
これで昔は大変に気の荒い物騒なところだったんでごぜえますヨ。
昔、と言いましても、日本橋にあった時分ですから、もう八十年も前になりますか。
その頃、河岸の若い衆の娯楽はてえと、博打と喧嘩でございますナ。
ことに喧嘩ときた日には、これがメシよりも好き。
「おう、これからひとつ喧嘩をしに行こうじゃねえか」と、
毎日のように他の町内に繰り込んでは喧嘩の練習に余念がございません。
興がのりますと「今日は神田のやっちゃばへ行こう」、「浅草をやっつけよう」
「吉原へ殴りこもう」などと十人、二十人が群れをなして喧嘩の遠征に出かけます。
河岸引けばかりか、商売の最中も喧嘩に事欠かない
他にはこれといった娯楽もなく、喧嘩だけが楽しみだったようですナ。
そこで白木屋では、こんな気の荒い魚河岸連中向けに
「魚河岸の帯」てえものを売り出しました。
前も合わせられない身巾のせまい単衣ものをはおり、
そこにこの帯をうしろから巻いて前でむすびます、てえと
これが当時の喧嘩装束でございます。
なぜこんなおかしな格好をするかというと、
喧嘩した相手の方が強くて按配が悪くなったとき、
後ろから捕まえられても、パッと帯を解けば、
そのまま素っ裸で逃げ出せるという寸法です。
「誰が手前なんかに捕まるかい!」
このバカヤロウ! と叫びながら、ふんどしスタイルの馬鹿野郎が
日本橋通りを走って逃げる光景がよく見られたそうです。






