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築地魚河岸昔がたり(53) 板船事件(その1)

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          巨大ポンプで水を抜く
 
 
日本橋魚市場は実に三百年もの歴史を持っていたが、先年の震災で焼失した。
その際に当局により日本橋での開市を厳禁され、やむを得ず一時芝浦に仮市場を設けた。
しかし同地は適地でなく業者の多くは日本橋にて再開を希望し、一旦開市するも
同じく旧市場にて開市した神田市場はそのまま営業を継続したにもかかわらず
魚河岸のみは官憲の圧迫により阻止され、一方東京市により築地に移転を強要された。
歴史ある市場は我々祖先の努力によって成った東洋に比類なき一大魚市場である。
しかるに罹災者に何ら報いることなく移転を強要されるは忍びない悲惨の極みである。
旧市場には古来、営業権のほかに板船権があり享保十一年以来続くものである。
組合において所有者名簿を備え、売買抵当設定際しては必ず登録し顕らかとしてきた。
震災前における板船権並びに後に生じた平田船権は多額なものとなっていた。
移転強要のために全然喪失、震災による財産焼失とともに甚大な損害となった。
かかる悲惨な情状を御酌量の上、板船、平田の権利その他に対する損害金相当額を
補償されたく、お願いする。
 
 
大正十四年二月、東京市長宛に今津理事長の署名により
このような請願書(かなり要約)が提出されました。
 

 
これを受けて東京市は大正十五年三月の年度末市会で
板船権、および平田船権所有者へ百万円の補償案を出します。
ところがこの百万円の算出法があいまいだという声が市会内外で上がり、
すったもんだの審議の末、結局、議員の任期満了で自然消滅ということにあいなりました。
七百万円の業者側の要求が大幅に減額されても百万円は大変な金額であり、
何のための補償なのか、板船とは何か、世間的には理解されないのが現実でした。
 
 
しかし、ある説によれば、中村東京市長(当時)が一気に市場問題を片づけるために
業者の要求通り七百万円を実際に用意していたといいます。
その際に係りの者があまりの大金に驚いて、金庫にしまい込んでしまったところ、
そのうちに市会議員の任期切れとなったので、市の金庫に還付したそうです。
この時に魚河岸でもうひと押しすれば問題も解決したのでしょうが、
一部の権利者の問題であり、組合の総意として盛り上がらなかったのが災いしました。
そのために板船権利者が裏から政治家に働きかける動きが顕著になってまいります。
 
 
昭和二年、市会に再提出されたときには補償額が八十万円とさらに減額され、
それが七十万円、六十二万円とどんどん減らされまして、
まったくのお涙金にひとしい金額が、ようやく交付の運びとなるかという矢先のこと、
 
 
昭和三年十一月、昭和天皇後即位の大典が執り行われました。
東京市中は花電車が走り、山車が繰り出すなど奉祝ムードに酔いしれるなか、
折りしも上野公園で開かれた東京市主催の祝賀会の席上
突然そこに司法の手がのびて、列席の市会議員をその場で拘束するという
前代未聞の事件が起きたのでございます。
 
 
祝賀ムードの東京市をひっくり返した大騒動
板船事件のはじまりでした。
 

コメント

また、ワクワクするような物語が始まりましたね。この後が楽しみです。
ところで、当時の組合長さんと同じ名字の方が、今でも仲卸の中にいらっしゃいますが、ご子孫なのでしょうか?なんて考えると楽しくなります。

小網源太郎氏のお店「小網」は、今のコアミさんの先々代にあたると思います。
築地の仲卸は三代目、四代目あたりが多いのですが、
そうしたお店は明治から大正期に出てきた新興問屋の流れでしょう。
創業が江戸時代というお店もまだあって、
なかでも森一族直系といわれる「大善」さんは十八代目とか。
すごいですね。

へぇー。大善さんはそんなに古いのですか。大店ですものね。でも、森直系なのに「佃」ではないのですね。なかなか難しいです。
私は大善さんの前の大萬さんにたまに行きますよ。特に夏場は、冷たいお茶が出るから(笑)
しかし、道路占有の権利に抵当や質権を設定出来たというのは驚きです。当時の商法を見てみたくなりました。

もとい、大萬さんは場所がちょっと違いましたね。大善さんの前は中里さんでした。失礼致しました。

自然の産物を扱う業種という特殊性、
そこで育まれる豪快な人種という特殊性、
などから、とくに日本橋時代には他の業種とは全然別のものと区別されがちだったようです。
“窟(シマ)”と呼ばれ、一種治外法権のようなところは、今でもちょっと雰囲気が残っていますね。

なかなかご回答が難しいのかも知れませんが、いわゆる「鑑札」はどのように入手出来るものなのですか?東京都が売るものなのか?権利者から譲渡されるものなのか?資産としての価値(政務申告上の)はいくら位のものなのですか?
ご存知の範囲で結構です。ご教示頂けないでしょうか?

私もよく分からないことが多く、ここでお答えする自信がありません。
ごめんなさい。
魚河岸の歴史やしくみなどは、
ここの姉妹サイト『魚河岸野郎』(http://www.sakanaya.co.jp/)
にわりと詳しく載せてありますので、
良かったらご参照下さい。

ありがとうございます。

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