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一年前、花を飾ると風水に良いというので、
ヒヤシンスの鉢植えを買って仕事場に置いた。
一週間ほどできれいな花を咲かせて、良い香りが部屋を包んだ。
 
 
でもしばらくすると花はしおれた。
説明書には、水をやって天日に当てるとあったのでそうすると、
今度は根がくさって、虫がわいてしまった。
しかたなくビニール袋に入れておいたら、そのまま数ヶ月忘れてしまった。
 
 
気づいたときには球根も土もボロボロでさわるとくずれそうになってる。
もうダメだと思い、捨てようとしたけど、
何とも不憫になったので、そっと袋に包んで自宅に持ち帰った。
うちのカミさんは廃物で枯れた松を再生させたことがある。
もしかしたら彼女なら生きかえらせることができるかもしれないと思った。
 
 
カミさんは球根をふた鉢に分けて、土のかわりに茶ガラとコーヒーのカスをかぶせた。
「うまくすれば芽が出るかもしれないよ」
それから何か特別なことをしたわけでもなく、冬の間中、外に出しっぱなしだった。
にもかかわらず、先週芽がでたと思ったら、いっぺんに花を咲かせた。
 
 
枯れた花に栄養剤を与えるのは、
死にそうな人間にアドレナリンを打つようなものらしい。
私は生命力の強さに正直感動したのだが、
カミさんは別段おどろきもせずに花を愛でている。
 
 
花にこめた願いは、ずっとあとになってかなうようだ。
 

コメント

風信子ですか。思わず道造を連想しました。そして、その道造に引けを取らないメカジキさんの抒情性に随分久し振りにふれることができて、とてもなつかしく、またうれしく思っています。心と頭にちょっとしたモヤモヤを抱えてる今の私には、何よりの対症療法となりました。
それにしても、メカジキさんの奥様は“みどりのゆび”の持主だったんですね。さすが、メカジキさんという、文字通りの“大物”を永年御して来られただけのことはおありだ。あ、末筆ながらそんなメカジキさん(どんなだ)、お誕生日おめでとうございます!

萱草と夕べの歌

         立原目加造

私らはふたたび めぐりあふだらう
いくたびも口ずさんだ 唄のやうに
あまねく 人びとの ふるへる想ひが
とほく物語と唄を教へるやうに

おまへの微笑にもしぐさにも
もう心はうたはなくなった
やがて一人はなれ――雲のやうに
明るい日曜日の 青い空へ置いてゆかう

あの日たちよ かへっておくれ
みんな とうになくなっている
とざした窗のうすあかりのなかへ

さうして私らはふたたび めぐりあふだらう
風のやうに 星のやうに ともし火のやうに
くりかへし くりかへし 夢のおくに唄はとどくだらう

風信子

         きだほきし

或の日上野公園の大きい噴水前のベンチに腰かけて
過ぎた愛の哀しさを数える ひとりそんな午后

或の日でかけた小さなお祭り
君は赤いほおずきを 僕は花の球根を買った
花の名前もきかず買ったくせに
勝手に自分で風信子と決めつけたね

僕がうっかり水を過ごして
枯らしそうになった風信子
君の魔法の緑の指が
命をよみがえらせてくれた

忍ぶ 不忍無縁坂
池之端あたりはまだ 絵はがきどおりの坂
地下鉄電車の蜜柑色が地下ですれ違う

今から思えば ぼくがおきまりの様に
ビーチボーイズを聴き乍ら一度ぐれたのが
二人の心がはなれてゆく 兆になった

オン・ザ・ロック用のお酒がきれたので でかけた市場
僕は親父が来たときの手土産にとカラスミを買った
でも僕等男には理解出来ないが
君はここのかぼちゃパイが美味しいという

君がわざわざまた煮て
駄目になった僕の好物のカラスミ
丁度今着いた 修学旅行の制服達が
それをついばんで喰べてしまう

忍ぶ 不忍通り団子坂
君に借りた鴎外も読み終えていないのに 僕は乱歩を貸した
地下鉄電車のエメラルド色が根津文庫の本をかみくだく

僕がうっかり便りを枯らして
途絶えそうになったふたりの愛
フリージアの花束抱いた魔法使いの君が
愛をよみがえらせてくれた

梅雨のあとさきのトパーズ色の風を信じるかい?
指のすきまから蒼い空に舞う金糸雀色の風を信じるかい?
東風吹けば 東風吹かば君は
何処かで想いおこしてくれるだろうか
人ごみのデッキざわめきの中で
僕は最後の風を ひとり受けとめる

(注:ハッピーエンドにならなかった上、コラージュとしても今イチの出来になってしまった……)

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