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築地魚河岸昔がたり(55) 製氷払下げ問題

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   昭和8年ごろの築地市場。勝鬨橋はまだない。
 
 
今から考えれば不思議なことですが、
魚河岸では昔は氷を絶対に使わなかったそうです。
何でも日本橋時代のお話で、氷を入れた魚はマズイという風評が立っていて、
料理屋などでも氷を使った魚は敬遠されていたといいます。
近海ものは夜風にあてて冷やし翌日売るというのが慣わしで、
アワビなどが真夜中に入荷すると、
小僧さんが朝まで番をしながら水を取り替えたというから大変です。
しかし鮮度と衛生の問題もあり、とくに大正十一年のコレラ騒ぎがきっかけとなって
ようやく氷が普及したのだそうです。
 

 
魚河岸が築地に移ってからは、さらにその需要が増加しました。
市内の製氷業者は組合をつくり、その価格を維持していましたが、
最も需要の高まる夏場には異常な値上がりと供給不足をみることになり、
市場業者も一般買出人も大変に困りました。
 
 
そこで東京市は築地市場内に製氷設備を備えた新型冷蔵庫を建設します。
昭和七年四月に完成した冷蔵庫は一日約百トンから百二十トン製氷が可能でした。
当時の問屋仲買の氷需要は一日あたり夏季最盛期でも七十トン程度であったので、
買出人全般に対しても五十トン宛を販売できるという計算です。
 
 
ところが製氷販売がおこなわれてみると、
場内直接の冷却用として問屋仲買に優先的に回され
魚市場組合の者が一本、二本と大量に買ってしまい、そのほとんどを使ってしまいます。
買出人らはわずかに一貫の氷の配分、しかも量目は足らないことも多く、
長時間の行列買いをしなければならないという状況に非常な不満が起こります。
 
 
そこで小売商の組織する魚商組合から魚市場組合に対し、
一定販売量の確保と一括原価販売の要求を出しますが、
組合側はこれに容易には応ぜず、この問題は紛糾しました。
 
 
もとより買出人は魚河岸の問屋仲買の特権意識に反発を持っていました。
それがこの製氷問題によってかれらの怒りに火をつくのです。
つめたい氷をめぐる熱い闘いがとんでもなく大きな騒動に発展していきます。
 

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