« 築地魚河岸昔がたり(59) 不買争議(その三) | メイン | 築地魚河岸昔がたり(61) 不買争議(その五) »

築地魚河岸昔がたり(60) 不買争議(その四)

S7-3.jpg
      卸売場渡り廊下を作っているところ
 
 
お前のところで買わなくても他があるぞ、と買出人連合会が言えば
そんなら俺らは直に売ってやらあ、と魚市場組合が突っ張る。双方一歩も引きません。
まあ何かと騒動の多い魚河岸ですが、今回の騒ぎは尋常ではない、ということで
あちらこちらから調停役が出てまいります。
まず、青果連合会長の勝浦清太郎氏と青果小売連合会長の大沢常太郎氏が
「まあまあ」と双方をいさめまして、ちょっといいムードになりますと
今度は前文部政務次官の安藤正純氏と前警視総監の宮田光雄氏が間に入り、
「仲良くおやんなさいな」と説得いたしましたところ、
どうにか円満妥協ということに落ちつこうという具合になりました。
 
 

ところが調停の斡旋が九分通り進んだところで、またしても問題が起こります。
佃政氏が買出人のやり方が気に入らないと言い出したからです。
東京市から正式に調停人を依頼されたのに、
買出人側から無闇に「佃政は市場のまわし者だ」と拒絶されては顔が立たない。
さらに、安藤、宮田両氏も、これが普通の労使争議でなく得体の知れないものだと気づき、
一方で佃政氏への配慮もあって、調停役から手を引いてしまいます。
そこへもってきて、業界新聞が安藤、宮田両氏に買出人が調停を泣いて頼んだ、などと
面白おかしく書き立てたものですから、買出人側の怒りに火を注ぐこととなり、
結局、話し合いは完全に決裂にいたります。
 
 
魚河岸の大喧嘩は新聞各紙が大々的に報じまして、
大新聞ばかりかインチキ新聞、盆暮新聞までが大挙して魚市場組合事務所に押しかけます。
組合ではその応接に四苦八苦する始末。
業を煮やした田口達三氏は懐刀でアイデアマンの伊藤春次氏に相談しますと、
今後は市場からの声明広告一切を電通に委せましょう。
で、バナー張ってアフィリエイト収入でも貰いましょう、という秀逸な意見がでました。
そこで電通の当時の報道関係の顔役だったT氏に依頼することに決まったのですが
これが新聞記者たちにバレてしまい、Tはさんざん袋叩きの目に遭わされたといいます。
 
 
そんなふうに、争議前から場外乱闘が入り乱れる騒然とした状況でしたが、
八月十三日、買出人連合会は宣戦布告の声明文を発表します。
 私共鮮魚買出人の今回の挙は、長い間の魚市場の問屋の横暴、圧迫に耐えかね(中略)
 私共はあくまで正々堂々と戦い、営業は一日も休まず、御客様皆様各位に対しては
 決して御迷惑をかけない積りですので、力の弱い私共の叫びに御声援下さいます様
 伏して御願申上げます。

 
 
そして翌十四日よりついに不買決行。
買出人連合会の調達した百三十台のトラックの長蛇が京浜国道を進みます。
目指すは川崎、横浜の両市場。
一方、この日より築地市場取扱量は半減、
魚河岸には大正のコレラ騒動以来の閑古鳥が飛ぶ有様となりました。
 

コメント

早い!凄い!嬉しいなぁ。

コメントを投稿