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築地魚河岸昔がたり(62) 不買争議(その六)

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       築地鉄骨大会(昭和7年)
 
魚河岸が激しく揺れた不買争議も調停者白紙委任ということで
佃政氏らお預かりとなって漠然と決着するにあたり、
その手打式が銀座「松本楼」の二階でめでたく行なわれることとなりました。
 
 

その当日、大広間は上座も下座もなしの四方間。
床の間には天照皇大神、春日大明神、八幡大神の掛け軸。
その前には奉書に塩を盛った三宝を置き、カチグリ、コンブ、タヅクリ、タイ一対を供え、
部屋の真ん中には巨大な金屏風がデンと置いてあります。
その片側には魚市場組合の面々が、もう一方には買出人連合会の代表者が並んでいますが、
互いに相手の顔が見えないようになっております。
 
 
紋付袴姿の佃政氏の両脇にモーニング姿の安藤、宮田両氏と三人の調停者が末席に着座。
厳粛なムードのなか、佃政氏やおら立ち上がって正面祭壇に進み、清めの式を行いますと、
ここで屏風がさっと除かれます。
昔のテレビ番組パンチDEデートよろしく双方はじめて「ゴタイメ~ン」とあいなります。
 
 
「大開き、
本日双方お出でを下さいましたことを、まことに有難く心得ます。
今度のことは宮田様、安藤様、不肖私の三人にお任せくださいまして、
これまた有難く御礼申し上げます。
これまでのことは水にお流し下さいまして、
水と魚、魚と水のようにお交じりをお願いいたします。
これにて口上も済みましたによって、お杯をいたします。」
 
 
佃政氏の挨拶が済みますと、双方の代表が九人ずつ前へ出まして、杯をかたむけます。
最後はふたたび佃政氏の音頭でシャン、シャンと手締めを行い、
古式ゆかしい手打式は一時間ほどで終了いたしました。
 
 
こうして十二日間にわたる空前の不買争議は終結いたしましたが
その結果を見ますれば、魚市場側が十万円の損失、買出人側は十五万円の損失。
他に市場関係者では保管業者約八割の減収、食堂、付属商は売上約半減。
生産者、消費者への影響はたいした事はなく、
近隣市場は漁夫の利を得て大いに儲けるということになりました。
 
 
肝心の買出人連合会の要求はうやむやとなり、とくに奨励金交付は黙殺されましたから、
この争議は失敗に終わったといわれています。
しかし、これまで低い地位に甘んじていた買出人たちが、
自らの行動力でともかく業界、政界と対等に渡り合った。
それによって魚屋の団結力を世に知らしめたことは収穫大であったといえます。
「今回はこれで良い。しかしこの次はこんな程度では終わらんよ」
この争議の仕掛け人、塩沢達三の目は青白く輝くのでした。
 
 
その頃、田口達三理事長のもとに一枚の書状がそっと届けられます。
「何だこりゃあ」それは手打式一切にかかった請求書でございました。
「何でオレが払わにゃならんのよ!!」と、普通の人ならビックリして文句いうところを、
さすが魚河岸最強の大立者はちがいました。
「ご苦労」と、ポーンとポケットマネーで支払ったといいます。

コメント

異なことをお伺い致しますが、「築地鉄骨祭り」とは、本当にあったのですか?
あったのだとしたらどんな祭りだったのでしょうね?
先日、場内の設計図書を見ましたが、本当に大量の鉄骨を使っていますね。当時の建築としては、驚愕の量でした。

すみません、私の頭のなかだけで勝手に行なわれました。
ちなみに先月の「開店Q業中」はボルト祭りでした。

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