ツキジの裏側
(復刻版『築地市場ガイド』第12回)

『Tsukiji Fish Market』J.B.Haywood著より
ツキジ市場はそれ自体がひとつの町である。
ここにはおよそないものはないというくらいに何でもそろっている。
飲食店や“マンジュウヤ”と称される売店の類は
市場人の空腹を満たすとともに、きつい仕事の合間の憩いの場となっている。
商売道具を扱う刃物店や履物店、手カギなどを置いている道具屋、
床屋も数軒、入浴場にプール、体育館、図書館、診療所、産院もある。
さらには墓地(場外市場はお寺の敷地につくられた!)まで用意されているという具合に、
文字通り“ゆりかごから墓場まで”とり揃えているのがツキジだ。
エミール・ゾラの『パリの胃袋』は、フランス・ランジス市場を舞台にした作品だが、
そこには市場に捨てられた双子の赤子が周囲の人びとに育てられ、
無数の食材に囲まれながら遊び回るシーンが出てくる。
“市場の子”のイメージは大変示唆に富んでいて興味深いものがあるが、
ここツキジでも市場内で生まれた者が、一生を外へ出ずに暮らすことは可能だろう。
いや、実際にそういう人間もいたにちがいない。
トロ箱に産まれマグロに育てられた男の話がある。
かれは日本語を理解できなかったが、セリ人の早口の売り声を完璧に聞き分けたという。
そのような荒唐無稽な噂話がもっともらしくきこえるほど、
ツキジの町はそこに底知れぬ“裏”がひそんでいるように感じさせるものだ。
実際に何気なく訪れた飲食店で突然、イチバの“裏”に出くわすこともある。
「ノッケ」「ウインク」「アタマ」「ナイアタマ」「ツユダク」「マイタトコ」「アトム」
「ナルトスイ」「ハーフ」「シナガワ」等は、すべて市場人の要求を満たすべくつくられた
わがまま“裏”メニューであって、なかには広く一般に定着したメニューもあるが、
ほとんどは一体それが何を意味するのか外部の人間には分かりづらい。
が、それはまだいい。何となれば市場人の真似をして注文して確かめればいいのだから。
しかし、洋食店に入ると長靴を履いた人が寿司をつまんでいたり、
ラーメン屋の主人が別の店にきて「ここのラーメンうまいよね!」と食べていたり、
謎のマグロ屋事務所ではガリの臭いも凄まじい「かいわさ丼」を密造しているなどは、
いかような事情がそこにはあるというのか。
飲食店ばかりでなく市場内にはあらゆる場所に“裏”の扉がかくされている。
たとえば市場人の必需品である包丁をあつかう刃物店は、表向きは業務用品を並べているが、
その“裏”、つまり秘密の裏口から入ると、店内はニンジャ専門店へと早変わりするらしい。
真の商売は変化の術が施されていて表からは見えず、
利用者も遁世の術により完全に姿を消しているため、その存在を認めた者はいないが、
全国でも数少ないニンジャグッズの店として、市場忍者の需要を満たしている。
店内では妖刀ムラマサ、各種手裏剣、鎖かたびらなどと並んで、
水上歩行用の「水ぐも」なども販売している。
陽気な市場忍者たちはこれをはいて、河岸引けの隅田川を大挙して月島方面に渡って行くが、
もちろん水遁の術が施されているために、誰もその姿を見ることはない。
コメント
いやぁ!久々だねぇ。この連載があったことを忘れかけておりました。イカンイカン。
プリントアウトしてある膨大な「sukiji Fish Market物語」に新たなページを加えると致しますか。
投稿者: 築地屋魚丸 | 2007年03月21日 12:36
築地移転問題が、知事選の争点のひとつになっているようですね。良識ある解決に期待したいですな。
こっち↑のブログで、アップさせていただきましたのでよろしく!
投稿者: 惣ど | 2007年03月21日 16:27
築地屋魚丸さん、こんにちは。
えー、ネタがないときには、シリーズものに走るわけでございます。
ネタといえば、移転のこともおいおい出てくるかと。
あれも長い歴史がありますから。
といふわけで、惣どさん、
近いうちにお会いできると思いつつ、なかなかそうもまいりませんな。
でもさほど遠い距離感も感じてないです。うんずさんにもよろしく。
投稿者: メカジキ | 2007年03月22日 09:11