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お前はもう死んでいる

(復刻版『築地市場ガイド』第13回)

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『Tsukiji Fish Market』J.B.Haywood著より
 
ニッポン人を大別するとニッポン民族とツキジ民族とに分けられるが
後者はツキジ市場という限られた空間にのみ棲息し、
そこに一種の独立国家を形成していることは周知のとおりである。
今や絶滅種とまでいわれるツキジ民族も厳密に見ていくと
ニホンバシ系、サンダイメ系、ウラヤス系など多彩な系譜を認められるのであるが、
それぞれの部族間には特徴的な大差はなく、概していえば、みんな同じようなものといえる。
 

 
というよりも、
すべてのツキジ人はテレパシー(ESP)によって感応し合ってでもいるかのように、
千件を越すナカオロシのオヤジは、全員でひとつの人格を形成していると思えるフシがある。
一人の意見はすべての意見であり、一人の感情はすべてを支配するのだ。
 
 
たとえば「こいつはいい魚だな」と一人が思ったとすると、
「ああ、いい魚だ」「ほんとにいい魚だ」「こいつあ上物だ!」
とイチバの全員が口をそろえて言うことになる。
「この魚で一杯飲りてえな」と誰かが考えれば、
「ああ、一杯いきてえ」「ほんとに飲りてえ」「こいつあ晩酌だ!」
とすぐに同意が得られるだろう。
そこで誰かが「この魚で一杯飲って、横にイイオンナがいたら最高!」とでも言おうものなら、
「ああ、イイオンナだ」「ほんとにオンナが好きだ」「こいつあパツキンだ!」
あっというまに市場中が「イイオンナ」のことで持ちきりになるのは言うまでもない。
 
 
こうした感応現象はとりもなおさずツキジ人の同族意識からきていることに他ならない。
ツキジ市場内には無数の血族関係が存在しており、兄弟、義兄弟、従兄弟、ハトコ、
さらにはアニキ舎弟の兄弟分まで含めれば、超巨大な家族的集団ができあがるのである。
 
 
強固な血縁によって繋がれた世界において最も重視される習俗は冠婚葬祭だ。
ほぼ毎週、婚礼と葬儀が執り行われるので、
ネクタイの色を間違えないように気をつけなければならない。
婚姻の方は事前に分かっているからまだ良いのだが、
葬儀となると、死は突然にやってくるため、9時の回覧板によって故人を悼むことになる。
 
 
「ああ、良い人を亡くした」「ほんと良い人だった」「ホトケのような人がホトケになるなんて」
と市場内は深い悲しみにつつまれるのであるが、
市場では3日顔を出さないと死んだことにされるため、
どうかすると訃報によって、あるいは香典を受け取ってはじめて、
自分が死んだことに気づく粗忽者もいる。
「お前はもう死んだぞ」
「そうか、オレは死んだのか」
ツキジ人の物故者情報はつねに錯綜をきわめている。
 
 
しかしながら、誰が死のうと、めでたく結婚しようと、
そうした多少の人口の消長などはおかまいなしに、
ツキジという一個の生物は、「いい魚だ」「一杯飲りてえ」「イイオンナはいねえのか」と
騒々しい日々の活動を繰りかえすばかりなのである。