築地魚河岸昔がたり(66) 築地市場の沿革(その二)
海軍施設のおとなりに鎮座ましましていたのが波除神社でございます。

波除神社ホームページより転載しました
万治年間(1658~60)、埋め立て工事が荒浪のために思うように進まない時に、
浪間に流れてきた御神体を祠ったところ、それからは浪も静まって
工事がはかどったと言われ、以来、築地一円の氏神となっている。(明治五年・東京府志料)
明治の日本画家、鏑木清方の随筆「築地界隈」に
「明石町の外国人居留地と、当時唯一のモダーン街銀座とに挟まれた、
築地と木挽町とは常に何ものか清新な気流が感ぜられるような気がしたが、
同じ築地でも備前橋を越した南小田原町は、向築地(むこうつきじ)といって
気の荒い漁師町で、鎮守波除稲荷の祭礼にここの獅子が出ると
血を見ねば納まらないといわれた」とございます。
この獅子頭はその後焼失し永らく復興が待たれておりましたが、
平成二年に神社の御鎮座330年を記念し、樹齢約三千年の黒檜(ねず)の原木を用いて
高さ2,4m 幅3,3m 重さ1t 往時に勝るとも劣らぬかたちで再現されました。
また、現在も築地市場に隣接するこの神社の境内には、
お魚にちなんだ数々の,碑が多く建立されております。
すし塚
昭和四十七年東京都鮨商環境衛生同業組合により建立。
すしネタとなった魚の霊への感謝とすし食発展への決意表明として建てられました。
揮毫は時の副総理三木武夫氏。
毎年11月1日の全国すしの日に合わせ、塚にすし種となる魚介他が供えられ、
組合員による魚霊祭すし塚祭が執行されます。
海老塚
昭和四十八年東天会てんぷら料理協同組合と(株)海老の大丸により建立。
てんぷらを象徴する海老を供養しております。
毎年七月に魚霊祭海老塚祭が執行され、塚には海老や野菜他の天ぷら種が供えられます。
鮟鱇塚
昭和四十八年魚河岸の仲買の尾邦・三浦啓雄氏により建てられました。
三浦啓雄氏が亡き父浜七の君の志を継ぎ、商う鮟鱇の御霊を慰め、
鮟鱇の世にも美味なることを多くの世の人々に知らしめんとの思いがこめられております。毎年鮟鱇が旬をむかえる十月後半~十一月に、魚霊祭鮟鱇塚祭が執行されます。
活魚塚
昭和五十九年に、魚河岸で活魚を扱う仲買の団体、東京築地魚市場活物組合により建立。河岸の人々にとっては直接魚を活けじめして血抜きをすることで生活の糧を得ています。それを食して生きていることを八百万の神に感謝しようという目的でつくられました。
毎年五月~六月に、本殿で活魚供養魚霊祭が百人を超す会員の参列の下で執行されます。
玉子塚
平成五年に東京鶏卵加工業組合の創立三十周年を記念して建立。
業務用の厚焼き玉子に使用する玉子への供養と
いにしえよりいかに玉子が世に優れた食材であったかを顕彰するために建てられました。
毎年十月に会員が参列し塚に玉子他を供えて玉子塚供養祭が執行されます。
蛤塚
蛤は縁起の良い男女和合の象徴とされ、顔が綺麗で働き者で
そのうえ食事を作るのが上手な理想的な者を蛤女房と賞賛しました。
その顕彰の意味から仲買の網弁商店より奉納されます。

築地ホテル館
日本最初のホテルが築地南小田原町、
現在でいう勝鬨橋際の築地市場内に当たる場所に建設されたのは明治初年でございます。
安政五年に日米修好通商条約が結ばれると、
外国人が日本に居住するための場所が必要となりまして、
築地鉄砲洲に外国人居留地がつくられ、さらに外国人設計による宿泊施設として
日本最初の近代的ホテルの建設とあいなりました。
設計者は横浜・新橋の停車場を設計したアメリカ人ブリジェンヌという御仁。
施工には現清水建設の祖、二代目清水喜助氏があたり、明治元年に完工します。
通称「築地ホテル館」、外国人は「江戸ホテル」と呼びました。
木造四階建て、かわら屋根になまこ壁。
ベランダに鎧戸付の窓、中央には回り階段で登る塔屋という珍しい和洋折衷の様式で、
海に面した中庭には日本庭園があり、遠く房総まで見渡す絶景だったといいます。
江戸湊を行き来する帆船や佃の白魚漁のいさり火など、
当時の外国人にさぞエキゾチックに映ったことでしょう。
上野戦争の時には、このホテルの窓から多くの外国人が、
上野の山にたちのぼる煙を見、轟く砲声をきいたといいます。
しかし、何しろ激動の時代だったので治安も悪く、
このホテルを訪れる外国人客はどんどん減っていきます。
経営悪化などから明治三年にはついに閉鎖。
そして明治五年の銀座、築地の大火により惜しくも焼失の憂き目をみることになります。
竣工から四年足らず。ほんのひとときの幻のような存在でしたが、
当時の市民にとって、この最初のホテルの威容はよほど驚きだったようで、
三十数点を数える錦絵が残っていて、今でもその面影を偲ぶことができます。
かつて築地ホテル館があったと思しき場所には、現在、市場厚生会館が建っています。
ここには宿泊施設もあるので、いにしえに想いを馳せて泊まってみるのも
一興かもしません。
眼下に隅田川を眺めて、遠き明治のエキゾチックな気持ちに……
なるかどうかは分かりませんが、早朝から市場の騒音を感じて
「おー、クソうるせえ!寝てられんぞ!」
とツキジチックな気持ちになることだけは請合いでございます。
コメント
あれれっ?
すみません。ちょっとバタバタしている間に二話もアップして頂いていたなんて。
早速、拝読致しました。
これからは、更新したらメール下さいなんて(笑)無理ですね。
毎々、含蓄のある表現と勢いのある筆致には下を巻きます。
これが個人のブログだなんて!
勿体ない、もったいない!
投稿者: 築地屋魚丸 | 2007年04月07日 17:57
魚丸さん、ありがとうございます。
ブログは毎日書いたらいいんですけど、
調子に乗ると、あんべえ悪いことまで書きすべりそうなので、
あまりコーフンしないように間をあけています。
なお、使い終わったブログは燃えるものと燃えないものに分別の上リサイクルに回され、
「元祖魚河岸野郎」のコンテンツに再利用される予定、ですので、
いつかそちらもご覧下さいませ。
投稿者: メカジキ | 2007年04月09日 09:23