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築地魚河岸昔がたり(72)  魚問屋の査定でもめる

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箱根での老舗料査定委員会の面々。前列中央が田口委員長
 
 
田口氏らに単一派によって組織された東京魚市場株式会社は、
そこに収容する千百件からの業者への補償金である老舗料を二千万円と決めます。
しかし、そのうち現金出資をいくらにするか、また配分をどうするかは大きな悩みでした。
何しろ各問屋の実態を調査しなければならないために、それは大変な作業です。
 

 
老舗料は、千百件から仲買専業をのぞいた約五百の魚問屋の売上実績をもとに査定します。
魚河岸のなかには何百年という古い店も多いのですが、
それほど古いものまでさかのぼることもできませんので、
過去三、四年の平均売上高を各店舗が申告するということになりました。
もしも申告が不確かであれば、
“調査に行くので、資料を整えておいて貰いたい。
資料がなかった場合には申告を認められない”
との旨を通達します。
 
 
ところが、いざ申告となりますと、怪しい内容が多いばかりか、
資料なんて何もなく、本当に分からない、なんて店舗がざらに出てまいります。
そのようなお店に帳簿なんて気の利いたものはもちろんございません。
そのつど手帳か何かに控えてあればいい方で、
どうかすると、きれいさっぱり何にもない、なんて店もあります。
これにはまったくのお手上げです。
仕方ないので、最終的には会社の決定にしたがってもらう、という誓約書を取って、
ようやく全店舗の調査を行ないました。
 
 
魚市場会社では、老舗料の査定にあたって委員会を設けまして、
旧魚市場組合のなかでも、とくに信用の厚い者が選ばれて、
その委員長には組合長である田口氏が就任します。
 
 
何しろ他人の財産を決めるのだから細心の注意を払います。
田口氏以下十五人の査定委員は、箱根の旅館に十四日間泊まり込みで、
外部の人間と完全に連絡を遮断して査定作業にかかります。
朝、近くの神社へお参りに行き、そのまま夜まで旅館に缶詰状態。
査定金額のことで委員と個人的に連絡が取れないように面会は一切謝絶です。
 
 
それでも緊急と称して電話をしてくる者もいて、
「何とか五十万円に査定してくれ」などといいます。
「一切そういうことは聞かないことになっている」
「そういわず、頼むよ、やってくれよ」そうしてきっぱりと断るのですが、
生涯であれほど真剣だった時はない、とのちに田口氏は述懐しております。
 
 
老舗料という名目でしたが、古い店から高く買い上げるかというとそうでもなく、
むしろ古い実績以上に現在の取扱高、あるいは若い人であれば将来性があるか、
などということも加味されて査定したといいます。
また、仲買に対しても補償はありましたが、こちらはぐっと低い額に設定されました。
仲買のなかには小さな問屋以上の取扱高を上げている店もありましたが、
魚市場会社は問屋権を買収してつくるため、あくまでも問屋に重点を置きます。
そこで仲買には一斉査定で三千円づつ、多少の甲乙をつけても、最高で五千円くらい、
これをすべて株券で引き渡しました。
 
 
こうして魚問屋は自分の荷受権利をすべて魚市場会社に売り、
卸売人となる者、または仲買人となる者に分かれます。
ただ、仲買は洩れなく平等に収容されるというのが東京市と組合の約束でしたし、
仲買の許可は市ではなく組合によるものでしたから、
当時はほぼ全員が仲買になりました。