築地魚河岸昔がたり(75) 薄氷を踏む思いで

「まあ、私は相変わらず金は出さんのだがね。
北拓ってあるじゃん、北海道拓殖銀行……けっこう大銀行だよ。
いや、決して破綻なんてしないから心配はいらないよ。
そこの親爺に話を通しておいたから行ったらいいよ。
いやいや、大丈夫、大丈夫」
「本当かなあ……」
早川氏の言うとおりなら、願ってもない話です。
しかし、北拓銀行といえば札幌に本社を持つ銀行。
東京支社に話を持ちかけて、大金を融通してくれるものかどうか不安でしたが、
何しろ時間がない。
まあ当たって砕けろとばかりに、出かけていってそこの支店長をたずねると、
かれの言うには……
「え? 聞いてないっすよ」
やっぱダメじゃん、全然ダメ。んなもん貸すわけねえよなあ。
てえか、どうしよ、総会まであとわずかだしぃ、
それに話が止まっちゃって、このブログ全然先進まないの、どーするの?
ひたすら困惑を続ける田口氏。
と、そこへ、またしても早川氏からの電話が……
「どお? ザックリ借りられたあ?
え? 貸してくんね? うっそおーっ!
言ったよ、オレ、ちゃんと言ったからねー うそじゃねーよ!
ま、貸さねえていうんじゃ、しょーがないよねー。じゃあまた……」
もうこんなことしていても埒があかないので、総会の準備を進めていきます。
もしも当日、払込金がない、となれば、腹を切るしかないかなあ、
と、田口が恰幅の良いお腹をさすっていると、またしても早川氏……
「いやいやいや、結構イケてる話。
北拓の裏手に北門銀行ってのがあるから行ってみな。
そこの親爺は頭に毛がないが心臓に生えているから、きっと融通してくれるよお。
いや、良かった。ほんと良かった。今度一杯飲ろう!」
二度あることは三度ある、か、それとも三度目の正直か。
いずれにしても藁をもすがる心持ちで、この誘いに乗るしかありません。
北門銀行は北拓銀行の子会社で、そこに相談しても、ちょっと望み薄かと思われましたが、
訪ねると、エビス顔の頭取が奥から出てきて、頭をペチペチ叩きながらこう言います。
「会社の創立といってもキミィ、何も大金払い込まにゃならんものでもないさナ。
銀行から払込み当日だけ金を借りて、その預金通帳を持って行ってだねえ、
株主に報告したら、またすぐ返せばいいじゃないの。
こいつは預け合い勘定というんだな。
二百七十五万円、アタシが三日間だけ貸したげるから、小切手お書きなさい……」
何だか、よく分からないが、これでうまくいった、
田口氏はようやくほっと息をつきました。
ところが朗報を持って組合事務所へ行くと、すぐに創立顧問をやっている
本多弁護士が青い顔をして飛んできます。
「北拓が断ってきているのに、こんなやり方は危ない。
預け合い勘定って、田口さん。あんたこれは商法違反だよ。」
本多弁護士は六法全書を机にひろげて、一所懸命に説明します。
もういちど早川のところに行って交渉しなさい、と説得しますが、
田口氏はこれを頑としてはね返します。
「それはそうだろう。しかし今そんなことをいっても他で金ができるわけじゃない。
何といわれようと創立総会は乗りきる。
預け合いだか何だか知らないが、ここにちゃんと金はあるじゃないか。
あんたは報告してくれればいい。あとのことは一切私が責任をもつ。
そうしなければ卸売会社は生まれないし、このブログも先に進まないのだ!」
「そ・それならば、仕方ないですね……」
一切の責任をとる、と腹をくくった田口氏は、後にその責任を問われることとなります。
しかし、悪戦苦闘の末、ようやく会社創立へと準備が整いました。
それは創立総会前日の六月二十四日のことでした。