築地魚河岸昔がたり(77) 第二回不買争議(その一)

すぐに単一合併することを前提として創立した二つの卸売会社。
卸の単一制を唱える魚市場会社は資本金の上では日本で十四番目という大会社。
一方、魚問屋会社は、単一に反対し複数論を唱えて袂を別った組合員で結成されました。
これを無理に合併させようとしても、うまくいく道理がありません。
しかし、ファッショへと向かう時代の流れは、
市場業者間の自然解決を待つ時間的な余裕を与えはしませんでした。
単一企業による独占集中を促進させることで、
国家が市場を監督統制しょうという狙いがそこにはあったからでございます。
背後には戦時国家の影が見え隠れしていましたが、
表面的には魚市場会社と魚問屋会社との小競り合いは感情的なものでした。
単複問題は、統制経済へと移行していくなかで政府の単一への方針が打ち出されましたが、
もともとは業者間の思惑で争われたのであって、
何ら市場流通のあらま欲しき形を論じるものではございません。
市も商工省もはじめは複数でもかまわないよ~ん、という曖昧な態度を取ったので、
そこを突いて、複数派は単一派が魚市場会社設立の準備中に
自らの魚問屋会社設立をやってしまう、という奇襲に出たのでございます。
市も複数卸会社を認めるようなことを言った手前、これを無許可にすることも出来ず、
「認めますけどお、あとでアチラができたら一緒になって下さいね」
なんて微妙なことを言います。
一方、魚市場会社も黙って指をくわえていたのではなく、何かと妨害行動に出ました。
営業許可を取り消すように市に工作したり、荷をめぐって乱暴なことを行なったり、
単一強制に疑問を持っていた当時の荒木市場長を、有力政治家を動かして免職に追い込み、
徹底した単一強硬派の近新三郎氏を市場長に据える、画策をしたなどといわれます。
これらの所業が腹に据えかねた魚問屋会社側はすっかりと意固地になってしまいます。
「あんな連中の思う通りにはさせねえぞ!」と、いきり立ち、
まずは当初の合併期限として定められた四月十一日を軽く無視して、
合併拒否に向けて既成事実をつくろうと、営業実績を着々と積み上げてまいります。
すると、そこにあらわれたのが、丸顔の温厚そうな顔立ちながら、
眼鏡の奥にギラリと凄みを見せるあの人物。
「そう、ワシじゃよ。塩澤じゃ。」
東京鮮魚買出人連盟の大ボス、塩澤達三氏でございます。
「やっとるね! いや結構、結構!
ワシんとこでも及ばずながら力を貸そうじゃないか。
何しろこのブログの第62回でリベンジ宣言をしたのに、作者が脇道ばかりそれて、
なかなか出番が廻って来ないのでイライラしておったところじゃからな。」
さらに、やってまいりましたのは日本を代表する婦人運動家市川房枝氏です。
「市川です。婦人参政権に一生を捧げたわたくしといたしましては、
このたびの独断的な政府、市場当局の横暴は看過できぬものがございます。
ということで特別出演いたしましたが、このあと出番はなさそうなので、
これで帰ります」
まったく千客万来の魚問屋会社事務所。
買出人団体と婦人団体の力を得て、まさにパワー千万倍!
「いっちょ、やったるかあ!!」とキアイを入れる魚問屋会社の……誰だろう?
誰だか知らないが代表の人は、
ついに政府と市場を相手取っての大騒動を開始するのでございます。
「え、うっそお、何ソレ、うむむむむ許せん!!」
魚問屋会社の動きに誰よりも怒り心頭に達したのは、魚市場会社の田口氏でした。
「なあんなんだアヤツらは、ええ! 国の命令に背く不届き者!!」
というところで、両社陣営大いに気勢を上げることなり、
これから築地市場誕生の最後の大立ち回りがはじまるのでございます。