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築地魚河岸昔がたり(81) 第二回不買争議(その五)

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       まるで戒厳令下のような築地市場
 
 
KYというのが流行っていまして、「空気読めない」人の略だそうですが、
それじゃ「空気読める人」のことは何て言うんですかね。
それはともかく、今から70年前に世間を揺るがせた築地市場の不買争議、
単一派と複数派の対立は、国家権力の介入と世論の高まりにあおられ、
一気に燃え上がっておりました。
その最中、多くの人びとはKY(読めない方)でした。
しかし、少なくともこの不買争議の仕掛人、買出人連盟の塩澤達三氏は
KY(読める方)だったのではないでしょうか。


このまま徒らに不買を続けていても結局は権力にやられてしまうのだ。
だが、この争議の目的は単複問題にあらず、真の狙いは……
塩澤氏はいよいよターゲットを絞っていました。
市場問題には誰よりもKY(読める方)なかれの目は、
KY(読めない方)な人とは別のものを見ていたのです。
でも、それもやっぱり全体の流れからは逸脱しているわけで、
KY(読める方)すぎてかえってKY(読めない方)ということだってあるわけです。
 

 
市は当初この争議は10日もすれば収束に向かうだろう、とタカをくくっておりました。
しかし、1ヶ月を過ぎてもまだ解決の糸口もつかめない。
そうしているうちに新聞など世論も次第に行政を非難するようになってまいります。
「今度の単複騒動では生産者も中間業者も誰も儲けていない。皆損をしている。
 市当局者の中から責任をとる人が出て、問題を一応白紙に返してしまうよりほかに
 方法はないだろう」(十月四日付『朝日新聞』)
 
 
こいつぁ、どうにもあんべえ悪いや、ということで
市当局は不買争議の総指揮官である塩澤氏を呼び、事態の収拾方法を相談いたします。
「いやいや、私らはあくまでも不買をつらぬきますよ」と、
塩澤氏は徹底抗戦の態度を見せて、ここは物別れに終わります。
しかし、これは表向きのことで、水面下ではこのときから具体的折衝に入りました。
 
 
「いよお、塩澤さん。やってるねえ。ワシは何といってもアンタたちを応援するぞお!」
と、気勢を挙げるのは複数論者である青果商組合長の大沢常太郎氏でございます。
大沢氏は白米二十俵、手拭千本を贈って争議を応援してきました。
「市場の将来のためには、ここは断固戦わなくてはなりませんぞ」
大沢氏は塩澤氏がその戦略を転換したことに気づいておりません。
塩澤氏が市とどんな折衝をしているのか知ったのはこの直後のことです。
あまりのことに大沢氏はイスからころげおちました。
 
 
十月五日、市は“買出人のために努力する”ことなど三項目の提案を塩澤氏に示します。
しかし、塩澤氏ら争議首脳陣はこの程度の案では到底妥協できないとして、
翌六日、不買側として八か条の意見を提出します。
そして、これが容れられなければ争議は続行すると宣言しました。
その八か条の内容とは、
 
 
 一、魚問屋会社の業務停止の即時解除
 二、鮮魚買出人組合連合会を認めること
 三、買出人のせり参加を認めること
 四、会社は買出人のせり参加者に仲買人同等の奨励金を交付すること
 五、仲買人は鮮魚買出人連合会員に限り奨励金を交付すること
 六、卸・仲買の小売行為の禁止
 七、会社は毎年一定の金額を魚食宣伝費として支出すること
 八、会社は興業資金として買出人信用組合へ相当金額を交付すること
 
 
これは魚商の地位向上とその組合の権利強化を訴えるもので、
要求のなかには、そもそも争議の発端であり、焦点である
卸売会社の単複問題には一切触れられていませんでした。
もともとそんなものは塩澤氏の頭になかったのかもしれません。
かれが考えていたのは前回の失敗を挽回することでした。
 
 
昭和七年八月の第一回の不買争議では、買出人の権利確保を求めて闘ったにもかかわらず、
実質的な収穫を見ないままに終わってしまいました。
塩澤氏の要求はまさに第一回不買争議で求めて失敗したことの蒸し返しだったのです。
 
 
「つまりリベンジというわけですわ」
 
 
塩澤氏はしてやったりということでしょうが、周囲は困惑します。
市はこれが争議の目的なの? と意外に思ったでしょうし、
青果組合の大沢氏はイスからころげて尾てい骨をいささか打った上、
起き上がるときには机に頭を打ちつけたので怒り心頭に発したと思います。
 
 
 「うぬぬぬぬ、許せん!」
 
 
塩澤氏の言動を裏切行為と受け取った大沢氏は、
これまでの争議援護から一転、調停役を買って出て、火消しに回ります。
奇襲攻撃に出た塩澤氏でしたが、人びとの心情に思いやらなかったのは読み違いでした。
KY(読める方)すぎてKY(読めない方)に、自らの策に溺れたといえましょう。