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築地魚河岸昔がたり(83) 第二回不買争議(その七)

 
右翼の大物、梅津勘兵衛親分。
対するは魚河岸きっての理論派、伊藤春次氏。
不忍池畔の翠松園の一室で、卓をはさんで二人は対峙します。
 
 

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眼光鋭く睨みつける梅津親分。
隣の部屋には子分たち、さらに別の大広間には塩澤達三氏はじめ
買出人連合会の面々が成り行き如何、とばかり控えております。
ただならぬ雰囲気に、春次氏の背中を冷や汗がつたいました。
 
 
「どうだ」
やおら切り出したのは梅津親分。ドスの利いた声で言います。
「塩澤の方に歩戻しを出してやってくれんか」
 
 
青果では卸売人が買出人組合員に歩戻しを出しているので、
水産の方でもそれを行なうのは当然というふうに親分は理解していました。
しかし、この問題は第1回不買争議のときの焦点でありながら、
買出人側が要求を却下された形で終わったものです。
塩澤氏は今回の不買争議のもとになった卸売人の単複問題を
買出人の権利問題へとすり替え、前回争議の蒸し返しをはかったのです。
 
 
「私の考えを申し述べてよろしいでしょうか」
春次氏はひと呼吸おき、下っ腹に力を入れて言いました。
「卸売人は生産者から販売の委託を受けて仲買人に売るものなので、
買出人に歩戻しのようなものを出すのは筋が通りません」
 
 
これを聞いた梅津親分、うーんと唸ってしまいます。
「どうだい、田口にいま一度相談してくれんか」
「もちろんお話いたします。
ただし田口から、会ってきた君の考えは、と聞かれたときには、
私はただ今先生に申し上げた通りのことを答えます。それはご了承願います」
 
 
きっぱりと言うと、深く頭を下げました。
梅津親分は、さらにうーんと考え込んでいましたが、
ぽーんとひとつ膝を打つと
「ようし分った」
力のこもった一言ですべてけりがつきました。
春次氏の真摯な態度は侠客中の侠客の心に届いたのでしょう。
面子も何もすべて腹におさめて、大親分はこの件から一切手をひきます。
こうして伊藤春次氏は会談三十分で無事帰還の途につくことができました。
 
 
この会談の後、細部の調停は渡辺市議が行い、
最後は買出人の希望条件の一部を市が認めるということで、
十月十四日、四十三日に及ぶ不買争議は終幕を迎えました。
翌十五日、両国の福井楼で形ばかりの手打式が行なわれ、
築地市場は平常の営業に戻ります。