築地魚河岸昔がたり(87) 何でもいいから白状しろ
「おい、おっさん、おっさん。アンタ何やったんだ?」
留置場のなかで、田口氏にささやく男があります。
刑務所とシャバを何度も出たり入ったりして主となっている男でした。
「これか?」と指を曲げます。スリで捕まったのか、という意味です。
「それとも忍びか、タタキかい?」
余計なことを話してはならないと、田口氏は無視しました。
四六時中、警官に見張られていたからです。
警察では事件の首謀者に違いない、と決めてかかっていたので、
何としても叩いて供述を取ろうというハラでした。
田口氏にしてみればまったくのとばっちりで、ひどい目に遭うことになったのですが、
なかなか貴重な体験だった、と後に自著『魚河岸盛衰記』で当時を克明に回想しています。
「一言いいさえすれば家に帰してやるんだ。
家では子どもたちが、お父さんが警察に挙げられたので、
きまりが悪くて学校にも行けないといって、大変なことになっているぞ。」
「何でもいいから一つでも白状しろ。こちらもお前を捕まえておいて、
新聞の三面記事に二段抜き、三段抜きで毎日出しているものを、
何もなかった、悪くなかったでは警視庁はどうなるんだ。
オレの落ち度になるじゃないか。」
そんなことを言ったって、あんた達が勝手に私を捕まえたのじゃないか。
話せと言われても、何もないものは話せはしない。
田口氏は頑として否定します。
「それじゃ、賄賂のことだけ認めろ。商工局長にお前が相当な金をやったことは確かだろ。
商工省に五千円やったのも挙がっている。その顛末を言え」
「冗談じゃないですよ。あの潔白な商工局長が賄賂なんか受け取るものですか。
以前にお世話になったときにブリ一本をお宅に届けたら、
こんなもの貰うわけにいかない、と返して寄こしたほどの人ですよ。」
「ばか、ブリだから返したんだ。金は受け取ったろ。証拠は挙がってるんだからな」
「証拠が挙がってるといっても、私はやった覚えもなければ、するはずもない」
「とにかく何でもいいから、やったと言え。」
それでも白状しないとなると、拷問道具を見せて言います。
「貴様のようなやつは、ここに百日でも百五十日でも入れておいて、
水がめに落っこちたご飯粒みたいに膨れあがらせてやる」
そうしてさんざんに脅かすのですが、実際には拷問などは行ないません。
あるときなどは、どうしても白状しないのなら、そこに座れ、と言います。
「こんなところには座れない」と答えると、
「座れねえ、とはどういうことだ。」
「座ったことがないから座れません。」
「ふざけるな、座ったことがない奴があるか。」
「呉服屋や足袋屋じゃありませんし、市場の者は座っている者は一人もいない。
みんな立っている。少しくらいなら座れるが、長くは座れません。」
「それならずっと立っていろ。」と、何時間でも立たされる始末。
「何だよ、おっさんは大きな会社の社長だそうじゃないか。
何もオレに素性を隠すことはないだろう。」留置場の主がまた話しかけてきます。
二月七日の検束からひと月あまり。
来る日も来る日も、聴取に明け暮れているうちに、
監房内では他の収監者は出て行ってしまい、今や田口氏が一番の古顔になってしまいました。
そうして毎日、同じ担当官と顔を合わせていると、次第に打ち解けてきて、
田口さん、岡さんなどと、世間話のひとつも話すようになるから不思議なものです。
「ときに何だな。お前さんも強情だが、オレの方でもこれだけの事件に関与したのだから、
一人はどうしても刑務所に送らなくちゃならない。どうだ、お前行ってくれるか?」
「馬鹿を言わないで下さいよ、岡さん。刑務所に行ったら長くなるというし、
これで帰してくださいよ。」
「いや、そうはいかん。三人のうちで伊藤さんか、鈴木さんか、お前さんか、
誰か一人を刑務所に送らなくちゃならないんだ。
伊藤さんは奥さんが毎日やってきて心配するし、鈴木さんは家に子どもが多い。
早い話が、お前さんは責任者だ。
お前さんだけ会社へ帰って、鈴木亀次郎や伊藤春次を刑務所へ送ったら気の毒だろう?」
「その通りですよ。だから誰もやらないでくれ。」
しかし、結局どうすることも出来ずに、三月十五日、田口氏は市ヶ谷の刑務所に送られます。
そうと確定すれば、ここまでの拘留日数が通算されます。
その晩のうちに市ヶ谷にいけば、一日助かる、ということになり、
警視庁を出た田口と刑事は急いで市ヶ谷刑務所に向かいます。
「これは間に合わないから円タクを奮発しよう。」
小雪まじりの真夜中の東京を二人を乗せたタクシーが飛ばします。
こんなふうに刑務所へタクシーで乗りつけた収監者は、後にも先にも田口氏一人だったでしょう。